20歳と38度線

とある大学生の日常とエッセイ。ソウル大学交換留学、彼氏は韓国陸軍軍人。K-popと政治問題だけでは語れない朝鮮半島を書いています。

2019年2月20日晴れ 新大久保

 

 明日、韓国にもどる。心を殺して勉強した日々に疲れ、この2ヶ月間、社会的に役目を終えた老人のように静かに日本で生きていた。遅く起き、すこしおいしものを食べ、小銭を稼ぎ、薄い布団で寝る。

息をしている以上のことはほとんどしなかった。スマホで見る他人のつぶやきもあまり心に響かない。そんな2月だった。

 明日、韓国に帰る。帰るという言葉を使っていいのか分からないが、それぐらいは馴染んだと私が1人思っている異国に、明日引っ越す。近所のドンキ・ホーテに必要なものを買いに行った。敏感肌用の洗顔フォーム、向こうには売っていないペン先が回るシャープペンシル。友達へのお土産が一番の目的だった。

 職安通りの坂を下り、すしざんまいの前を横切り、中国からの観光客でごった返す免税店の前を過ぎると、焼肉のタレが焦げる匂いが鼻をかすめる。自分が新大久保に来たという知らせはいつも風が運んできた。

 大通りから角を曲がり裏道にはいると、すぐ目の前にある流行りのチーズドックの店の前で中学生たちが立っていた。女子が2人と男子が3人。長いスカートと学校指定のカバンを見て、すぐ修学旅行生だとわかった。明らかに浮いていた5人は、イヤホンをかけ早歩きをしていた私の目に止まった。

 ちょうどその時、私のiphoneからBTSの「Awake」が流れてきた。青春の香りのする彼らの音楽は、ちょっとしたきっかけで私の記憶をくすぐる。膝より長いスカートを引きずって、8年前の冬、私も都会を歩いた。コートを着てはいけない校則のせいで冬はトレーナーを中に着込まなければならならず、上着は変に着膨れしていた。靴下は女子も短い白がカッコ良くて、都会で見る黒のハイソックスを何かに負けじとダサいと思い込もうとしていた。私にも、そんな時があった。さっきまで忘れていた。

 修学旅行というものは、妙に気まずくなるものだ。はしゃいでいる自分を友達に見られている恥ずかしさと都会での緊張感からくるそれは誰にでも訪れるものらしい。チーズドックを待っている女子たちもなんとなくよそよそしかった。

 女子の支払いを待っている間、男子はキョロキョロ辺りを見回していた。最新コスメを調達する美魔女に、インスタライブをしている都会の女子高生。日本であるはずなのに店員同士が話す言葉は聞き取れない。女子が行きたいというのでついてきた街は、想像していたよりもずっとカオスだったことだろう。男子のよそよそしさは、女子のそれとは異なり、場になれないことが原因だった。

 新大久保は、私が馴染んだと思っている異国にとても似た日本の街だ。ここに通い始めて4年、住んで2年が経つ。最近は、エスニックや中華料理店も増えて、「コリアンタウン」というより「アジアンタウン」のほうがしっくりくるようになった。アジュンマ(韓国語でおばさんの意)が大きな声で呼び込みをしている韓国の市場も、新大久保のカオス具合には負ける。私はそれが好きだった。いろんなところから来た人が、ただここに集まっただけの土地。地方から来た人なんて、ここでは没個性化する。なんでもない1人になった気がして、好きだった。

 明日、私はここを発つ。戻ってくることはまだ考えていない。黄色い大型量販店に着いた。友達から頼まれた日本製の電子タバコからは爽やかなフレーバーの香りがした。