20歳と38度線

ソウル大学留学生の日常とエッセイ。彼氏は韓国陸軍軍人。K-popと政治問題だけでは語れない朝鮮半島を書いています。

韓国の独立記念日に”反日”イベントに参加したけどみんなとっても優しかった件

 3月1日は韓国の独立記念日でした。韓国の独立記念日は、1919年の三・一独立運動を記念した日です。今年は100周年ということで、ソウルの各所で独立を祝う行事がたくさん行われる予定だと聞きました。日本では韓国の独立記念行事が”反日イベント”と報道されてもいるそうですが、私がちょうど今年韓国に留学しているということもあり、せっかくだからと韓国人の友達といろんなイベントに参加してきました。

 

午前10時

三・一運動100周年記念 強制徴用労働者像合同参拝@ヨンサン駅

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イベントの垂れ幕

 「強制徴用労働者」は、朝鮮が日本の植民地支配を受けていた時代に強制的に朝鮮半島から日本に連れてこられ、働かされ、厳しい生活を強いられた人たちのことです。日本では「徴用工」という言葉で耳にすることが多いと思います。昨年10月に韓国の最高裁新日鉄住金に賠償を命じた判決を出したことで話題になりました。日韓問題が関連する集会に参加するのは今日が初めてで、私もヨンサン駅まで行くバスの中で何度も「引き返そうかな……」と考えました。

 

 会場に着いてみるとあちこちから日本語が聞こえてきたのでとてもびっくりしました。日本にも被害者の遺族の方がいらっしゃるようで、イベントに参加するために在日の方がたくさん来ていました。

 

 式が始まると、まず黙祷から始まり参列者の紹介、関係者による追悼の辞が続きました。そして、式の中盤で実際に被害に遭われた李・春植さん(1941年に新日鉄住金に徴用された方)から挨拶がありました。90歳を超え、体力的にも厳しい中で、挨拶をするほんの少しの間だけ会場にいらっしゃったそうです。被害者の方の生の声を聞けたというだけで、怖がらずに来てよかったなと思いました。

 

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劇団『経験と想像』によるパフォーマンス

 その後は、劇団による追悼公演がありました。終戦後に起きた浮島丸事件(祖国に帰る朝鮮人たちが乗った船が沈没した事件)を描いた歌をいくつか披露しました。歌もセリフも上手で、「ああ、故郷に帰りたかったんだな」という思いがひしひしと伝わってきました。日本人である私も思わず泣きそうになりました。

 そして式の最後に、一人一本ずつ花が渡され、みんなで献花をしました。

 

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強制徴用労働者像

 ヨンサン駅に像が建てられたのは、ヨンサンが朝鮮人労働者の方々が日本に送られた地だからだそうです。始まりの地に像を建てることで強制徴用の記憶を忘れないようにという決意も込めていると行事の中で説明していました。(像があることを私は今回初めて知りました)

 

 とりあえず今日最初の式典が無事に終わって、ホッとしました。「日本人だから、なんか嫌なことを言われるかもな」と覚悟していましたが、全くそんなことはなかったです。その場に居合わせた友人の知り合いに挨拶しても、「どうも初めまして」と普通に返してくれました。むしろ、「どうして来ようと思ったの?」と興味津々にいろいろ質問してきてくれて、「ちょうど日本語の勉強を始めようとしているところなんです」みたいな話もしてくれて、ちゃっかり仲良くなりました(笑)一歩踏み出してみるのも大事だなと感じました。

 

午後1時

植民地支配の謝罪と在日同胞弾圧中断を要求するデモ@在韓日本大使館

 

 ヨンサン駅でのイベントを終え、昼食を済ませたあと、光化門に移動しました。2時からの大きな行事の前に友人たちは日本大使館前でデモをするそう。

 

友人「……どうする?来る?近くのカフェで待ってもいいけど……

 

 「どうしよう」とかなり悩みました。日本大使館前は”慰安婦像”で話題となり、デモの総本山のイメージがあります。”友達の気遣い”が入るということは、さっきのとはイベントの質が違うんだろうということも察しがつきます。なんてったって、デモだし……

 

いやでも100周年やぞ!次の200周年絶対私死んでるし!!

 

 悩んだ末、友人とさっき仲良くなった人たちを信じて、とりあえず近くまでついて行くことにしました。危なかったら、安全なところから遠目で見るだけで満足する、と心に決めて。

 

 着いてみると、すでに参加者の人たちが準備を始めていて、その前には警察がずらっ。遠目からみると緊迫感を感じましたが、通行人のふりして前の道を通ってみると、

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綺麗に並ぶデモ隊

あれ?意外ととても穏やか。

 

  汚い罵り言葉も一切なく、ただまっすぐに言葉だけで日本政府に在日同胞に対する差別の撤廃と植民地支配に対する謝罪を求めていました。デモというか、意見表明集会のような雰囲気。全く身の危険を感じなかったので、写真係をしていた友人の陰に隠れてわたしも写真をぱしゃぱしゃ撮りました。

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臨時の日本大使館の前に並ぶ警察の警備

 反対側の警察官もきちんと許可をとって撮影。怒られるかと思ったのに、「遠目からだったらいいですよ」と優しくOKしてくれました。

 

なんだか、気が抜けました。全然、想像してたのと違う。

 

 午後1時15分から30分後、時間通りにデモが終わって、解散。解散後しばらく友人の後ろにひっついていると、「どうも初めまして」と声をかけられ、自己紹介をしました。すると、「そうなんですか~~日本から。すごいですね。」「先週、ちょうど日本に行って来たんですよ」と好意的な反応でした。

 

 そのまま流れに身を任せて友達について行くと、デモに参加してた韓国のドキュメンタリー監督に抹茶ラテを奢ってもらったし、日本に交換留学をしてたという青年にも出会いました。めっちゃ普通のいい人たちで、逆に不安になるほど。

 

え、ドッキリじゃないよね????

 

午後2時

三・一独立運動100周年記念式典@光化門

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三・一独立運動100周年記念式典

  デモの後、知り合った人たちとそのまま一番のお目当の光化門広場の式典に向かいました。式典では、伝統舞踊や歌のパフォーマンス、韓国の歴史をまとめた映像を鑑賞しました。国歌斉唱もみんなの真似をして胸に手を当てて、口パクで対応しました。韓国の進歩、保守のリーダーが同時に同じ壇上に上がり、独立運動100周年の祝辞を述べていました。

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パレードの様子

  光化門広場の周辺では、統一旗を持った人、軍服を来ている人、政府を非難する掲示、現政権を支持する立て看板……いろんなものを見ました。伝統芸能のパレードも見たし、アメリカの国旗も見ました。

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出店に売ってる太極旗と星条旗


 そして、光化門にある建物のほぼ全てが大きな太極旗を捧げていました。

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ビルに貼られた太極旗

 さまざまな場所で独立を祝うイベントを行っていて、広場周辺にはたくさんの人たちがいました。イベントに2個参加した後も「日本人ってバレて何か変なこと言われたらどうしよう?」と内心ハラハラしていたのですが、特に何も言われませんでした。警察が警備している中で、各々が意思表示をしているだけでしたし、暴動もありませんでした。

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光化門広場周辺の警備隊

 いろんな意見を持つ人たちが革新、保守関係なく一堂に会して、喧嘩もせずみんな一緒に国の独立を目指した記念を祝う。ある意味でこれはとても”平和”な光景だなと感動さえしました。「目指す方向性が違うだけで、みんな自分の国が大好きじゃん」とひとり妙に納得して、記念に太極旗を一つ買いました。

 

午後5時半

三・一運動100周年 自主統一民族大会

  光化門での式典が終わり、私は体力的に限界が来ていました。このあと会議があるという友達を見送り、私は体力が回復するまでカフェで休むことにしました。

  するとしばらくして、別れた友達から電話が来ました。ソウル支庁でもうひとつイベントに参加することになったのだけれど、来るか?という内容でした。「ここまで来たなら最後まで行くか。どうせ帰り道だし」と疲れ切った体に鞭を打って行くことにしました。

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会場の様子

 最後は、朝鮮半島統一を願う人たちの集会に参加しました。残りの力を振り絞ってみたはいいものの、体力が限界を超えていました。偉い人たちが話す内容が全く頭に入ってこないので、イベントの前半は「もう寝てもいい」と目をつぶって話を聞いていました。

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 後半は、歌と演劇のパフォーマンスがありました。三・一独立運動が「朝鮮半島統一」という考え方につながる流れを、劇を通してシンプルに理解できてとても興味深かったです。

 

大日本帝国からの独立を願った時、朝鮮半島の人々が思い描いたのは一つの国「朝鮮」でした。しかし、解放後、朝鮮半島は戦争を経て分断された二つの国家となり、当時思い描いていた国とはまったく違う姿になりました。戦争で北に母を残し、南で生きることになったおばあさんは、故郷平壌を思いつづけます。おばあさんが故郷に帰れるように、もともと私たちが思い描いていた一つの国になるように、統一を目指しましょう。

 

周囲の人たちは涙ぐんでいました。

 

 その会場でも「日本人です」と言うと、「あ、どうも初めまして」という平凡な返事しか返ってきませんでした。日本人であることで一日中変に緊張していたのと、私の持つ全ての行動力を使い果たしたので、行事が終わるとすぐ帰途につきました。

 

まとめ

  三・一独立運動100周年の日に韓国でいろいろな行事に参加してきました。それぞれの団体がそれぞれの視点で100周年を祝っていました。参加する前は不安もありましたが、私が日本人だからという理由で心無い言葉をかけられたり、危険な目にあったりすることはありませんでした。むしろ、会う人会う人が暖かく迎え入れてくれました。

 それは、信頼できる韓国人の友人と一緒に行動していたからかもしれません。もしくは、私が韓国語がある程度話せるからかもしれませんし、たまたま運が良かっただけかもしれません。

 でも、少なくとも私は今回、100周年記念行事に参加して本当に良かったと思いました。寒さのせいで体力を、PM2.5のせいで健康な肺を奪われたかもしれませんが(笑)、『独立記念日を祝う人たち=日本人嫌い』ではないということが分かりました。それだけでもとても大きな収穫でした。