20歳と38度線

とある大学生の日常とエッセイ。ソウル大学交換留学、彼氏は韓国陸軍軍人。K-popと政治問題だけでは語れない朝鮮半島を書いています。

ごじっせんじっせん

私は、韓国人家庭で家庭教師をしている。ある日の授業中のことだった。

 

「オンニ(韓国語でお姉さんの意)の苗字って〇〇であってるっけ?」

 

と教え子が突然聞いてきた。なぜそんなことを聞くのかと言うと、道端で名前を聞かれた時に日本風の名前を答えるためだという。

 

「だって、前は『ごじっせんじっせん』て言えなかったら殺されたんだよ。ごじっせんじっせん、私ちゃんと言えてる?」

 

 関東大震災後の朝鮮人虐殺の話だ。「五十銭十銭」とうまく言えない朝鮮人が大量に殺されたという。

 彼女は、日本に来てまだ3年目だった。日本に来た当初はほとんど日本語が話せず、学校の授業に全くついていけなかった。私と一緒に教科書を一から翻訳することから始め、ついに先月日本語クラスで1位の成績を取った。今は日本の大学を目指して勉強している。

 日韓関係が悪い中でも、彼女は絶対に日本を悪く言うことはない。むしろ、韓国を批判し、「ムン・ジェインが騒ぐから自分たちが肩身の狭い思いをするのだ」と彼女は言う。彼女の両親は日本で事業をしているので日本を悪く言うことは絶対にない。そんな両親の影響を受けてか、彼女も同じような考えを持っているようだ。彼女の両親は日本の人たちに感謝し、日本人を心から尊敬している。

 その一方で彼女は、道で知らない日本人に名前を聞かれることに怯えているようだった。

 

「ちゃんと言えてるよ、ごじっせんじっせん」

私がそう言うと、彼女の顔はぱあっと明るくなった。

 

「もし、名前を聞かれたらオンニの名前を言っていい?」と彼女が私に聞いた。

 

「いいよ。」と私は答えた。

 

学校がどこかと聞かれたら、通っている韓国人学校ではなく近くの公立高校の名前を言い、友達の名前を聞かれたら在日の友達の日本名を言うつもりらしい。

 

「私の名前は〇〇で、友達の名前は△△で、通っている高校は□□です。どう?ちゃんと日本人に聞こえる?」

 

「上手だね」と言いながら、私は必死に笑顔を作った。

 

そんな練習は必要ないよ、と本当は言いたかった。

 

褒められて気分が良くなった彼女は「バレて殺されたらどうしよう」と刺される真似をし、私におどけてみせた。

 

 もうこれ以上、不安を笑いに変えようとする彼女の姿を見たくなくて、次の問題を解くように促した。

 

彼女が問題を解いている時に、私はボソッと呟いた。

 

「韓国人だからという前に最近はそもそも物騒だから夜道は気をつけた方がいいね」

 

私が彼女に言えるせめてもの慰めだった。